日本は平和がながく続いたために、ローカルな共同体によるコード化が数千年にわたって続いたが、そこに近代以降、天皇制という超コード化が移植された。こ
れは結果的には戦争によって破綻し、それに代えて占領軍によって脱コード化の資本主義が移植されるという変化が、わずか100年足らずの間に起こった。
したがって日本社会には、数千年にわたって蓄積されたコード化の精神構造が根強く残っており、これは戦後の60年ぐらいで消滅するとは考えられない。事 実、1980年代まではこうしたコード化構造を巧妙に利用した「日本型」企業システムがそれなりの有効性を発揮した。ところが1990年を境に、この幸福 なシステムが突然崩壊した。その結果、信用不安で企業倒産の激増した1998年には、自殺者が前年の35%も増えて3万人台になり、それ以後ずっと続いて いる。
これは「小泉改革の市場原理主義」のせいではなく、資本主義の本来そなえている暴力性が一挙に顕在化したためだと考えられる。つまり80年代までは、人々 は「会社」という繭にくるまれて資本主義の脱コード化メカニズムから身を守っていたのだが、90年代後半以降、会社が破綻すると、裸の個人が絶えず変化す るコードなき社会に、いきなり放り出されたわけだ。
この結果おこるのは、統合失調症ではなく鬱病である。鬱病の原因も複雑だが、現象学的にいえば「安定した人間関係の崩壊」(木村敏)が最大の原因だと考え られている。それまで有能で部下からも信頼されていたビジネスマンの所属していた企業が破綻すると、彼の組織人としての価値を支えていた集団的コードも消 滅し、彼の人生の意味が失われてしまうのだ。
したがって日本社会には、数千年にわたって蓄積されたコード化の精神構造が根強く残っており、これは戦後の60年ぐらいで消滅するとは考えられない。事 実、1980年代まではこうしたコード化構造を巧妙に利用した「日本型」企業システムがそれなりの有効性を発揮した。ところが1990年を境に、この幸福 なシステムが突然崩壊した。その結果、信用不安で企業倒産の激増した1998年には、自殺者が前年の35%も増えて3万人台になり、それ以後ずっと続いて いる。
これは「小泉改革の市場原理主義」のせいではなく、資本主義の本来そなえている暴力性が一挙に顕在化したためだと考えられる。つまり80年代までは、人々 は「会社」という繭にくるまれて資本主義の脱コード化メカニズムから身を守っていたのだが、90年代後半以降、会社が破綻すると、裸の個人が絶えず変化す るコードなき社会に、いきなり放り出されたわけだ。
この結果おこるのは、統合失調症ではなく鬱病である。鬱病の原因も複雑だが、現象学的にいえば「安定した人間関係の崩壊」(木村敏)が最大の原因だと考え られている。それまで有能で部下からも信頼されていたビジネスマンの所属していた企業が破綻すると、彼の組織人としての価値を支えていた集団的コードも消 滅し、彼の人生の意味が失われてしまうのだ。
